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東京家庭裁判所 昭和42年(家)3334号 審判

申立人 川田正次(仮名) 外一名

事件本人 レン・チュ・ビエン(仮名) 一九四一年六月一二日生(二六歳)

主文

申立人両名が事件本人を養子とすることを許可する。

理由

一  本件申立の要旨は、

(一)  申立人川田正次は、戦前より来日留学生の世話に携わり、現に○○○○○協会理事長をしている者であり、申立人川田テイはその妻である。

(二)  事件本人は、ベトナム共和国人であるレン・タムトーランとレン・ホイ・ケエレン間の三男で、○○○大学法学部卒業後渡米し、昭和四一年○月アメリカ合衆国で開催された全米学生会議に参加し、滞米中かねてから希望していた日本留学を実現するため、前○○○○○○○大学教授で、現在○○○○大学教授であるシュトルム博士からの推薦状をえて、同年一〇月来日し、昭和四二年一月○○○○○○○大学法学部の入学許可を得たので、一旦ベトナムに帰国した後、正式に日本への留学許可を受けて来日する予定であつたところ、ベトナムの友人から事件本人の滞米中のベトナムにおける平和を求める旨の発言がベトナム共和国政府を批判をしたものと解され、今帰国すると投獄され、或いは生命の保障も危ない情勢だとの連絡があり、事件本人は事実上帰国できず、したがつてまた正式に日本への留学許可もえられず、日本に滞在することが困難で、現在は肩書地に居住しておるが旅券の滞日許可期間も切れている。

(三)  申立人川田正次は、前記の如く○○○○○協会の理事長をしておるところから、事件本人の前記事情を知り、人道的に事件本人の生命を守り、かつは日本における留学の希望を叶えてやろうと決意し、そのため、妻である申立人川田テイと相談したうえ、事件本人と話し合い、その両親とも連絡したうえ、事件本人を申立人両名の養子とすることにしたいので、その許可をえるため、本件申立に及んだ。

というにある。

二  審案するに、本件記録添付の戸籍謄本、事件本人の親戚知人の家系に関する宣誓供述書の写し、事件本人の両親の養子縁組同意書の写し、事件本人の両親の申立人両名宛の書翰の写し、家庭裁判所調査官寺戸由紀子の調査報告書並びに申立人両名および事件本人に対する各審問の結果によれば、前記一の(一)ないし(三)に記載するとおりの事実並びに、申立人両名が事件本人を養子とする動機は、人道的に事件本人の生命を守り、かつは日本における留学の希望を叶えてやることにあるが、真実事件本人との間に親子関係を設定する意向であり、また事件本人も真実申立人両名との間に親子関係を設定する意向であり、それぞれ扶養、相続等あらゆる養子縁組から生ずる法律効果を受ける積りでいることが認められる。

三  右認定の事実からすると、養親となるべき申立人両名が日本人であり、養子となるべき事件本人がベトナム共和国人であつて、いわゆる渉外養子縁組事件であるので、まずその裁判権ならびに管轄権について考察するに、養親となるべき申立人両名は東京都内に住所を有する日本人であり、事件本人もベトナム共和国人であるが、東京に居所を定めて滞在しているので、本件養子縁組許可申立事件については、日本国裁判所が裁判権を有し、かつ、当裁判所が管轄権を有することは明らかである。

四  つぎに、本件養子縁組の準拠法について考察するに、日本国法例第一九条第一項によると、養子縁組の要件については、各当事者につき、その本国法によるべきものであるから、本件養子縁組は、養親たるべき申立人両名については、その本国法たる日本法、養子たるべき事件本人については、その本国法たるベトナム共和国法がそれぞれ適用されることになる。

五  よつて、本件養子縁組の要件を日本国民法およびベトナム共和国法によつて審査する。

(一)  まず、日本国民法(同法第七九二条ないし第八一七条)と同様に、ベトナム共和国民法(婚姻、親子、並びに共同財産に関する法律第一三五条ないし第一五二条)も養子縁組制度を認めているので、本件養子縁組を成立させることが可能である。

(二)  また、成年者養子縁組の成立には、日本民法によれば、未成年者養子縁組と異なり、裁判所の許可を必要とせず、戸籍法の定めるところによりこれを届け出れば足りるのであるが(同法第七九八条)、ベトナム共和国民法によれば、養子縁組契約は、養子の未成年、成年を問わず、養親の申立により養親住所地の民事裁判所によつて認許されなければならないことになつている(前掲法律第一四一条)。しかしながら、この養子縁組の成立のため裁判所の認許を要するかどうかの問題は、養親たるべき者の側双方に関する成立要件と解され、養子たるべき者がベトナム共和国人である本件養子縁組については、ベトナム共和国民法によつて民事裁判所の認許が必要であると解される。そして、ベトナム共和国民法の要求する民事裁判所の認許は、日本国においては家庭裁判所の許可をもつて代用しうるものと解され、したがつて、当裁判所は、本件養子縁組については家事審判法第九条甲類第七号によつて有する未成年者養子縁組ないし後見人・被後見人間の養子縁組に対する許可の審判権限の類推拡張解釈によつて、許可・不許可を決することができるものと解される。

(三)  つぎに、日本国民法は、養親と養子との間には、一定の年齢差を要求していないが、ベトナム共和国民法は、養親は養子よりも二〇歳以上年長でなければならないとする(前掲法律第一三六条)。この点も、養親たるべき者の側、養子たるべき者の側双方に関する成立要件と解され、養子たるべき者がベトナム共和国人である本件養子縁組については、ベトナム共和国民法の要求する右の年齢差の要件を充たすことを必要とするが、本件養子縁組は、養子たるべき事件本人が二六歳、養親たるべき者の一方が六五歳、他方が五四歳であるので、この要件を充たしていることは明らかである。

(四)  また、日本民法は、養親たるべき者の年齢要件として二〇歳以上であることのみが要求されているが(同法第七九二条)、ベトナム共和国民法は三〇歳を超えることを必要としている(前掲法律第一三六条、ただし子をもたずに一〇年以上生活をともにしている夫婦は、関係者の一方が三〇歳を超えていればよい)。この要件は専ら養親たるべき者に関する要件であると解されるので、養親たるべき者がいずれも日本人である本件養子縁組については日本民法により二〇歳以上であれば足り、前述の如く養親たるべき者の一方は六五歳、他方は五四歳であるので、この要件を充たしている。

(五)  つぎに、ベトナム共和国民法は、養親たるべき者が夫婦である場合、共同で縁組することを必要とせず、他の同意があれば足りるが(前掲法律第一三六条)、日本国民法では、必らず共同で縁組しなければならない(同法第七九五条)。この要件は、専ら養親たるべき者の側に関する要件と解され、本件養子縁組では申立人両名が共同で縁組をするので、この要件をも充足している。

(六)  更に、ベトナム共和国民法では、成年養子縁組についても、「適正な動機」があり、かつ、その養子縁組が養子子にとつて有益なものでなければならないとされ(前掲法律第一三五条)、かつ裁判所が認許にあたり他の成立要件と同様に、この点を審査しなければならないとされている(前掲法律第一四一条)。この要件は養親たるべき者の側並びに養子たるべき者の側双方に関する要件と解されるのであるが、ベトナム共和国民法は伝統的にフランス法の影響を受けており、フランス法において「適正な動機」(motif legitime)とは動機が不法なものでないという程度の意味に解されているので、ベトナム共和国民法におけるこの「適正な動機」も同様の趣旨と解され、本件養子縁組の動機は、先に二、において認定した如くであるのでこの要件を充たしているものというべく、また本件養子縁組は前記認定の如く事件本人にとつて有益なものと考えられ、この点の要件も充足している。

六  以上の如く、日本国民法およびベトナム共和国民法によつて審査するに、申立人両名が事件本人を養子とすることには何等妨げとなるべき事情はないと認められるので、本件申立は理由があるというべく、よつてこれを許可することとし、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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